衛氏朝鮮

衛氏朝鮮は古代朝鮮半島北部にあった国家。古朝鮮3王朝の最後の王朝。古朝鮮のうち、最初の檀君朝鮮が後世作られた神話で、『三国志』などに記録のある箕子朝鮮も実態が不明なのに対し、衛氏朝鮮は時代が近い司馬遷の『史記』に記載があり、実在したことが明らかな最初の国家。
紀元前195年に、燕王だった盧綰が謀反を疑われ匈奴へ逃亡。その臣下だったとみられる燕人の衛満も朝鮮へと逃亡した。彼に従うものが多く、箕子朝鮮の準王は彼らを保護して国境を守らせたが、衛満は、勢力を率いて王都に攻め込み、準王を追放。王険を都として衛氏朝鮮を興した。衛氏朝鮮は漢から事実上承認されたが、3代衛右渠の代に従わなくなったため、武帝の討伐を受けて滅亡した。滅亡後、漢は朝鮮半島中北部に、楽浪郡、真番郡、臨屯郡、玄菟郡の漢四郡を置いた。
滅亡時の様子から、王と、複数の大臣、将軍、相という官職があり、合議制が採られていたとみられる。
なお、『史記』では「衛満」ではなく「満」とあり、衛氏だったかはわからない。また、国名も、司馬遷が便宜上、楽浪郡付近の地名であった「朝鮮」をあてただけで、実際にどのような国号を称したかは不明。初代満と3代右渠の間にいる2代目の王の名も伝わっていない。

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