1945年
ジェット機「橘花」が初飛行

日本海軍が開発した日本初の国産ジェット機が橘花です。メッサーシュミットMe262をモデルに独自に研究され、国産のターボジェットエンジン「ネ-20」を搭載していました。初飛行時の燃料は松根油を含有する低質油でした。
実はレシプロ機(プロペラ機)の方がエンジンは複雑なため、ジェット機の飛行が成功すれば、大量生産して特攻兵器に使う計画もあったといいます。そのため、橘花は空中戦を想定した機銃が装備されておらず、爆弾しか搭載できませんでした。陸軍にも大きさは異なりますが、外見上はよく似ている、キ202試作ジェット防空戦闘機(通称「火龍」)というのがありましたが、完成しませんでした。こちらは機銃を装備し、B-29を迎撃する目的でした。
メッサーシュミットをモデルにしたとはいえ、資料がドイツからの輸送途中に失われ、ほぼ独力で開発したことから、当時の各国のジェット機のレベルに達しつつあった機体で、戦争の推移が異なっていれば、ジェット機の実用化も成功していたかもしれません。
戦後アメリカ軍に接収され、現在はスミソニアン航空宇宙博物館付属のポール・E・ガーバー維持・復元・保管施設に保管されています。

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