1972年
千日デパート火災

大阪市中央区の千日前にあったビルの火災事件。デパートと言っても複数の店舗が入るモールのような施設。
118名が死亡する大惨事になりました。火災は夜10時27分ころに発生し、3階、4階、5階を延焼したわけですが、被害が大きくなったのは、この時間も唯一オープンしていた7階のアルバイトサロン(※)に大勢の客がいた事、避難通路が塞がれて逃げられなかったこと、スプリンクラーがなかったこと、ビル従業員の対応の不手際などが重なったため。多くが一酸化炭素中毒で、22人が飛び降りて死亡しています。
やはり避難路の閉塞、設備の不備、対応の不手際で惨事となった翌1973年11月29日に発生した大洋デパート火災(死者103人)とともに、建築基準法、消防法の改正につながりました。
しかし、その後も、大規模なビル火災は繰り返し起こっています。その多くは、通路の閉塞や報知器、スプリンクラーなど不備、従業員の対応の不備と、ほぼ同じ理由で被害を大きくしています。どんなに設備を良くしても、それを運用する人次第、ということでしょうね。
※アルバイトサロンというのは、今でいうキャバクラのような店舗のこと。アルバイトの素人女性が接待するという意味でアルバイトサロン(略してアルサロ)といったわけです。

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